世界の絞り染めとチベッタン十字絞り人間が布を織ることを知り色を染めることを知り次に紋様を布に表現しようと思った時最初に考えつく方法は?「絞り染め」ではないかという説を支持したい。布帛(布地)の一部をくくって防染し紋様を表現する、非常に素朴でプリミティブな発想故に、世界の各民族の間に自然発生的に生み出され異文化圏からの伝播を待つ必要もなくそれぞれの地域で独自の技術の熟達が進んだ。70年代欧米から始まった「なんでも自分でやろう」ムーブメントはカウンターカルチャーの本質だった労働着だったジーンズがファッションの主流になり、元はと言えば肌着だったシャツがオシャレ着になりジーンズとTシャツには主張があった「主流に流されるままの人生でいいのか?」「流れに竿さして見直す時では無いのか?」と。Do it yourself とは素人の我々でもやってみればこんな事もできると言う潜在能力の再発見を意味するところでもあった。色々な分野の手仕事にライトが当てられるキッカケだったかもしれない。なんでも自分でやってみよう!Tシャツを染めてみよう!どうするか?そんな彼らが思いついたのも「絞り染め」だった事も頷ける。正倉院御物には既に大陸渡りの絞り染め布が保管されており、江戸時代の茶席に絞り染めの敷物が趣を添えていた記録がある。いずれもウールの厚地で今回出品の十字紋と思しき柄が染め上げられていた。蒙古、チベット族の絞り染めは技法と色使いにおいてとてもよく似ているが、本品の特徴は十字紋が絞り染めの技法で鮮やかに表現されていること極めて厚い生地対応の絞り技術が駆使されている事(後に、十字の判を押し当てて染める安易な方法に移行する)そしてチベッタン染織特有の色味にある。写真1)でご覧の通り 青みがかった真ん中、次に黄色っぽい枠、その次の枠は明るい小豆色、そして幅のある最終枠の色は特に美しく、自然素材の染料に何度も浸染し想いの色に染まるまで染め重ねて初めて得られる混色のようで、色に層があり深みがある。青みは藍、黄味はターメリック、小豆色はラックカイガラムシに茜。最終枠の紫がかった臙脂色は全ての色を染め重ねたのではないかと思われる。既述の後染め十字紋よりはるかに手間暇のかかる絞り十字紋チベッタン染織の中で髄を極めた逸品である。